ポンコツですけどなにか?

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今週のお題「外でしたいこと」


吾輩はポンコツである。

 

今回は久しぶりに「はてなブログ」の『今週のお題』というものに沿って書いてみようと思う。

 

そう、特に書くことがないのだ。

 

というわけで、気になる今週のお題はコチラ↓

 

今週のお題「外でしたいこと」

 

「外でしたいこと」ということだが、この場合

「大抵の場合は屋内ですることが多いけど、あえて外でしてみたいことはなんですか?」

ということで考えてみたい。

 

そう考えると、食事は大抵の場合、屋内で行うことが多い。

なので、ピクニックや遠足など外で食べるお弁当は特別な感じがして楽しい。

また、調理から外で行うBBQなんかも、

「昼間から外で飲むビール最高ぉおお!」

などと言って盛り上がる。

 

他にも、普段屋内で行うことの代表格は「入浴」だろう。

これも、「露天風呂」という外気に触れながら入浴するスタイルも乙であり、楽しいものである。

 

このように人間という生き物は、普段は家(屋内)で行っていることを屋外で行えば、それだけで特別感が増して楽しめる性質を持っているのかもしれない。

 

では「トイレ」はどうだろう?

男性の場合、「小」の方は開放感があって気持ちが良いかもしれない。

自分も、高い崖の上から「小」を行ってみたいという隠れた願望があるが、これは男性なら共感してくれる人は多いと思う。

 

ただ、「大」の方は話が別だ。

「野グソ」ができる人はもうそれだけで大物だ。

自分は小心者だからなのか、開放感がある中で野グソを盛大にかますなんて強メンタルは持っていないし、全く落ち着かないので出るものも出なくなりそうな気がする。

アウトドアの上級者たちは当たり前のように「野グソ」の上級者でもある。

自分はそういう意味では生粋のアウトドア派の人間ではないことがわかる。

 

この他にも家(屋内)で行うことを探してみると、ゲームやテレビ、睡眠なんかもそうだろう。

 

そう考えると、近所の子どもたちが公園に集まってゲームをしていたりするのも、親から

「ゲームばっかりしてないで、子どもらしく外で遊んできんさいや!」

と家から追い出されたわけでなく、子どもたちが自主的に

「日光を浴びながらするゲーム最高ぉおおお!」

と、彼らなりにアウトドア気分を味わっているのかもしれない。

 

さて、自分の場合はというと、普段屋内で行っていることといえば、「仕事」や「読書」だろう。

 

というわけで、自分の「外でしたいこと」はこれだ↓

「キレイな海の見える島で“ハンモック”に揺られながら、木陰でゆっくり読書とか昼寝とかしたい」

である。

 

子どもや家族たちは

「お父さん、また寝とるー!」

とか言いながら、海や砂浜で遊び、

なんとなくお腹が空いてきた頃合いで

「みんなー!カレーができたよー!」

という嫁の声とカレーの匂いが届く。

ああ、なんて最高なんだろう。

 

こんな妄想をしていたら、以前読んだ本の内容を思い出したので、ネットで探したものを記載しておく。

 

南の島の田舎町。
漁師が小さな網に魚を釣ってきた。
それを見たアメリカ人の旅人と漁師との対話です。

旅人「すばらしい魚だね。どれくらいの時間、漁をしていたの」

漁師「2時間くらいかな」

旅人「もっと長時間、漁をすれば、もっと魚が獲れたのに。惜しいね」

漁師「自分たち家族が食べるには、これで十分だから」

旅人「それじゃあ、余った時間は何をしているの」

漁師「ゆっくり起きて漁に出る。戻ってきたら子供たちと遊んで、女房と昼寝して。夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌を歌って。こんな感じの一日だね」

旅人はまじめな顔で
「MBAを取得した人間として、君にアドバイスしよう。
いいかい、きみは毎日、もっと長い時間、漁をするべきだ。
それで、余った魚は売る。
お金が貯まったら大きな漁船を買う。
そうすると漁獲高は上がり、儲けも増える。
その儲けで漁船を2隻、3隻と増やしていくんだ。
やがて大漁船団ができるまでね。
そうしたら魚を卸業者に売るのはやめよう。
自前の水産品加工工場を建てて、そこに魚を納める。
その頃には君はこの小さな村を出て都市に引っ越し、ロサンゼルス、ニューヨークへと進出していくだろう。
君はマンハッタンのオフィスビルから企業の指揮をとるんだ。」

漁師「そうなるまでにどれくらいかかるのかね」

旅人「20年、いやおそらく25年でそこまでいくね」

漁師「それからどうなるの」

旅人「それから? そのときは本当に凄いことになるよ」

「今度は株を売却して、きみは億万長者になるのさ」

漁師「それで?」

旅人「そしたら引退して、海岸近くの小さな村に住んで、朝はゆっくり起きて、日中は釣りをしたり、子どもと遊んだり、奥さんと昼寝して過ごして、夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって過ごすんだ。どうだい。素晴らしいだろう」

漁師「・・・・・今の生活と同じ・・・」


(引用元「南の島の漁師・遊んで暮らすのは幸せか?」)

 

なかなか示唆に富んだ話ではないだろうか。

 

ある本によると、人間は「幸せになる」のではなく、「既に幸せ」なのだそうだ。

 

これに関しては長くなるのでここでは書かないが、要するに「幸せ」というものは意外と近くにあるものなのだ。

家から外に出るだけでも幸せを感じられる感性を持ち続けていたい(もちろん家の中でも幸せである)ものである。

 

 

今日はここまで。